公認会計士としての専門性を持ち、現在は東京都議会議員として活躍するさとうさおりさん。
大学には進学せず、高卒から独自の努力で資格を取得し、監査法人トーマツや会計事務所での実務経験を積んだ異色の経歴が注目されています。
予備校は大原簿記学校に通っていたという報道もあり、50分勉強して10分仮眠するサイクルを3年間続けるという独自の勉強法で、3年間かけて公認会計士試験に合格しました。
その後、千代田区長選挙に立候補し惜しくも次点で落選するも善戦。
2025年6月には都議会議員選挙で初当選を果たし、減税党の代表として都政に挑んでいます。
この記事では、さとうさおりさんの大学に関する情報、公認会計士としての歩み、そして政治家としての経歴までを網羅的に紹介します。
さとうさおり(公認会計士)の大学はどこ?都議員までの道のり
さとうさおりさんは大学には進学していません。
高校卒業後、家庭の経済事情から進学を断念し、就職の道を選びました。
当初は医師を目指していましたが、進学費用の壁に加え、防衛大学校の体重基準を満たせず入学も叶わず、夢を諦めざるを得なかったと語っています。
その後、飲食業界で働きながら資金を貯めるも、大学進学には届かず、別の道として公認会計士を志すことになります。
大学進学を断念した理由
さとうさおりさんは「貧乏、子だくさん」と自身の家庭環境を語っており、大学進学は経済環境的に現実的な選択肢ではなかったと明かしています。
医師になる夢を持ち続けていたものの、進学費用の問題や防衛大学校の体格基準(体重最低47.5kg)を満たせず、進路変更を余儀なくされました。
当時のさとうさおりさんは、身長167cm、体重43kgであと5kg届きませんでした。
高校卒業後は、飲食業界やマーケティング会社などでアルバイトをしながら生活を支えていた時期もありました。
公認会計士を目指したきっかけ
飲食業界では働きぶりが認められて運営業務にも携わるポジションに就きます。
この時の上司が会計に精通した経営者目線で事業の運営を行う人物だったそうで、基本的な会計や税務、経営の基礎について学ぶことができたようです。
しかし勤務時間で月500時間以上にも及ぶ過酷な労働環境で体調を壊し、職場を去ります。
そんな中、23歳のとき、ふと偶然目にした公認会計士試験の過去問を見て「これなら自分でもいける」と直感したことが転機となります。
そして、公認会計士になろうと決意。
その後、神保町にある専門学校大手の大原簿記学校に入学を希望したのですが、最初は門前払いを受けるというエピソードもあります。
それでも諦めずに交渉し、入学を果たしたさとうさおりさんは、独自の勉強法「50分勉強して10分仮眠するサイクル」を3年間継続しました。
この集中力と継続力が、高卒ながらも難関資格合格となる原動力となりました。
公認会計士試験合格後の職歴と実績
2015年に公認会計士試験に合格したさとうさおりさんは、有限責任監査法人トーマツに入社しました。
トーマツでは財務諸表監査や内部統制の評価、企業の会計処理に関する助言など、専門性の高い業務に従事しました。
その後、デロイトトーマツ税理士法人に移籍し、富裕層や企業の税務支援にも携わるようになります。
また、会計事務所に勤務していたという報道もあり、地域密着型の税務支援や中小企業へのアドバイスなど、幅広い実務経験を積んでいます。
自身の会計事務所を設立
30歳の頃、さとうさおりさんは独立を決意し、自身が代表を務める「佐藤沙織里公認会計士事務所」「佐藤沙織里税理士事務所」を設立しました。
この事務所では、若者や女性の起業支援、障がい者雇用の促進、財務改善のコンサルティングなど、社会的意義の高い業務を展開しています。
専門職としての知識と経験を活かしながら、YouTubeやSNSを通じて情報発信にも力を入れています。
実務と教育の両面で活動する姿勢は、専門職としての信頼性を高める要因となっています。
政治活動への転身と都議選での勝利
2023年4月、さとうさおりさんは千代田区長選挙に立候補しました。
無所属ながらSNSを駆使して現職に迫る得票数を獲得し、次点で惜しくも落選しましたが、その善戦ぶりは大きな注目を集めました。
この経験を経て、2025年6月の東京都議会議員選挙では減税党の代表として千代田区選挙区から出馬し、定員1名枠という狭き門で見事に初当選を果たします。
SNSを駆使して共感を集め、公認会計士としての専門性を活かした財政改革や生活者支援の政策が、都民の支持を集めた結果といえるでしょう。
さとうさおりの異色の経歴を紹介!
さとうさおりさんは1989年7月28日、茨城県に生まれました。
4人兄弟の次女として育ち、父親は自営業、母親は介護士という家庭環境の中で幼少期を過ごします。
家庭の年収は200万円程度と6人家族には経済的に非常に厳しく、食事は山や海で採った食材で賄うこともあったと語っています。
このような生活環境が、後の政策にも影響を与える原体験となっています。
小学校・中学校時代の生活
茨城県内の公立小学校・中学校に通っていたさとうさおりさん。
幼少期の夢は医師になることでした。
しかし、母親から「お金がかかるからダメ」と言われ、現実的な選択として看護師を目指すようになります。
家庭の経済的な事情から進学先の選択肢は限られており、学業と生活の両立に苦労した時期でもありました。
高校は徒歩で通える公立校へ
高校進学にあたっては、看護学校への進学を希望していました。
しかし、自宅から30キロ以上離れていたため、交通費のバス代が工面できず断念します。
結果として、自宅から徒歩で通える距離にある偏差値40程度の公立高校に進学します。
高校名は公表されていません。
その高校では学年トップクラスの成績を収め、防衛大学校からスカウトを受けるほどの実力を示しました。
高校卒業後の進路と就職経験
高校卒業後、さとうさおりさんは家庭の経済的事情から大学進学を断念し、飲食業界に就職しました。
しかし激務で体調を崩し、人生を見直すきっかけとなります。
このときの経験が、公認会計士を目指す原動力となりました。
千代田区に住むようになった理由
さとうさおりさんが千代田区に住むようになった背景には、予備校通学の利便性と政治活動の拠点としての戦略的な選択があります。
神保町の大原簿記学校に通うため、都心へのアクセスが良い千代田区を選びました。
また、東京都議会議員選挙に出馬する際には、地元住民としての信頼を得るためにも、千代田区在住であることが重要な要素となりました。
現在の活動と発信力
現在は都議会議員として活動する傍ら、SNSやYouTubeを通じて情報発信を行っています。
公認会計士としての専門知識を活かし、税制や財政に関する解説を行うほか、若者に向けたキャリア支援や受験アドバイスも発信しています。
実体験に基づいた言葉は説得力があり、多くの支持を集めています。
さとうさおり(公認会計士)の大学はどこ?異色の経歴も紹介!まとめ
さとうさおりさんは大学には進学せず、高卒から独自の努力で公認会計士試験に合格した異色の経歴を持っています。
神保町の大原簿記学校で学びながら、独自の勉強法を3年間継続し、2015年に資格を取得。
その後、監査法人トーマツや税理士法人、会計事務所での勤務を経て、自身が代表を務める会計事務所を設立しました。
2023年には千代田区長選挙に挑戦し善戦、2025年には都議会議員選挙で初当選を果たし、現在は減税党代表として都政に取り組んでいます。
大学を経ず異色の経歴ながらも公認会計士としての専門性と、政治家としての行動力を兼ね備えた彼女の歩みは、多くの人にとって刺激となるでしょう。
今後もさとうさおりさんの活動から目が離せません。
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